ネット広告代理店からファイザー株式会社へ転身!

河上 晃一郎

ファイザー(株) 

エッセンシャルヘルス事業部門 統合マーケティングチーム

2017.04.20


ネット広告代理店からファイザー(株)へ転身!

 

■ 転職者プロフィール
河上 晃一郎さん (36歳)

広告代理店

ファイザー(株) エッセンシャルヘルス事業部門 統合マーケティングチーム

≪略歴≫

2004年、新卒でラジオ番組の制作会社に入社。その後、技術翻訳事業に従事し7年間の在籍でチームマネジメントなどを経て、ネット専業広告代理店に勤務。その後、ウィンスリーを活用のうえ転職活動を行い、2016年ファイザー(株)に転職。エッセンシャルヘルス事業部門でアソシエイトマネージャーとして勤務する。

 

 

偶発的な道のりのなかで遭遇した自己の「強み」。キャリアの前半戦は経験によって己を知っていく道

 

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ファイザー(株) エッセンシャルヘルス事業部門 統合マーケティングチーム アソシエイトマネージャー 河上 晃一郎氏

 

“ネット専業広告代理店から、世界的製薬企業へ” というキャリアに至ったこれまでの経歴から少し振り返ってお話してみます。代理店から事業会社への転職はさほど珍しいことではなくなりましたが、私の場合は代理店時代に特に医療・健康領域の顧客を担当していたわけでもないので、非常に珍しいことのようです。私の場合は自分の強みを最大限に活かすことに特化した結果、ファイザーという企業に出逢うことができたと思っています。

 

ラジオ番組の編集プロダクションでキャリアをスタートし、主に自社ラジオ番組の録音と編集に従事しました。他にインタビューや記事執筆など、受託開発の観光サイトを構築した際には、英語サイトの翻訳とプルーフリーディングを担当しました。それらを経て技術翻訳の会社に転職するわけですが、そこでの業務で 「IT・デジタル」 および 「語学力」 という、私の核となるスキルが形成されることになりました。翻訳というと洋書小説の日本語訳などを想像しますよね。けれど私が行っていたのは極めてIT寄りの内容。たとえばスマートフォンなどデバイスで言語切り替えするといろいろな言語が入っているというような状態を目指して、元になる言語をつくったうえで、各国の言語をつくるといった業務です。言語数の分だけプログラムを作ってしまうとデバッグ工数などもそれだけ増えてしまい顧客の事業にも影響が出かねませんので、そうならないように言語とプログラムを分離する必要もあります。こうした業務は、語学と技術の両方の知識とスキルを同時獲得することができ、業務を通して自身の基礎ができていったと思えます。また、ベンチャー企業でしたので、入社当時の社員は20名程でしたが、在籍した7年間で200名弱くらいの規模にまで成長しました。その過程で自分の役割も変わり、プロマネからチームのマネジメント、最終的には情報システム統括の経験を積めたのは大きかったと思います。

 

 

「インバウンド需要」も契機となり、本格的に “語学” と “技術” が統合されていく仕事経験へ

 

「ここでの仕事はやり切った」。そんなふうに感じられたことで方向転換を図りたく、前職のネット専業広告代理店へ転職を決めたのです。前職では主にDMPに関わるサービスの開発や業務プロセスの標準化に関わっていました。ここでデジタルマーケティング業務を本格的、専門的に経験することとなります。折しも 「インバウンド需要」 増加のタイミング。外国人観光客が帰国した後でもECから購入へつなぐサイクルを構築するため、媒体社、旅行代理店をも巻き込んで包括的なソリューションを裏側でDMPで統合するサービスを提供することができました。

 

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海外経験が非常に長く、実戦的な語学力に富む河上氏

 

転機となったのは、顧客の持つ既存のITシステムとの連携や、それに付随する業務プロセスの問題を解かないと、DMPの効果がなかなか発揮されない場面に多く行き当たったこと。技術翻訳の会社でも情報システムの構築や管理に関わっていましたので、そうした過去の経験を動員すれば解決できるものと思っていました。それを次に自分が向き合うべき課題と設定し、転職活動に臨みました。結果としてファイザーという会社がこの課題を解決できる人間を探していたことから、入社へと至ったのです。第三者から見れば、ラジオ番組の制作プロダクションから翻訳業界、広告代理店、事業会社と振り幅の大きなキャリアに見えると思います。ですが、情報を集約し、加工し、活用するプロセスをどのようにビジネス的な価値にするかは共通していますので、立ち位置は変わっていますが自分の軸は変わっていないと思っています。

 

 

自分自身を取り巻く背景もキャリアを築く欠かせないファクターとなっている!先天的・後天的要素について

 

とはいえ、これまでの道のりは一本道ではありませんでした。たとえば最初に勤めたラジオ番組の制作プロダクションは経営上の問題から解散に至り、突然だったこともあり、ありあわせの武器でどうにか戦っていく必要がありました。Web制作の基礎的な知識と技術は身に着けていましたが、それだけでは勝負できません。幸い、私は海外生まれで長期に渡り海外で過ごしてきたことから語学力に長けていましたので、これらの組み合わせが生きる場を求めた結果、技術翻訳の世界に入りました。次に変化の激しいデジタルマーケティングの領域に飛び込んだことで、先行者の少ない領域に足を踏み入れました。

 

そうして時期を整え、業界特化型のウィンスリーをエージェントとして活用し今に至ります。これまでとは更に大きく異なる製薬業界に移りましたが、父が医療業界で仕事をしていたこともありグローバルでの働き方もイメージを持つことができていました。製薬業界はきちんと技術なりプロセスや環境に投資するという点が重要な業界であることを肌で感じていました。

 

先ほどは軸は変わっていないと申し上げましたが、新しい環境に移るときは学ぶことと同じぐらい、過去の経験やスキル、仕事のやり方を学びほぐす(アンラーニングする)ことも大事だと思っています。海外移籍したサッカー選手がプレースタイルを変えていくように、すぐに出せる特徴が即座に組織に貢献するかといえばそうではありません。マーケティング支援の会社から事業会社のマーケティング部門に移る場合などは、特にそうしたギャップが大きいように思えます。

 

 

ファイザー(株) 河上 晃一郎

ネット広告代理店からファイザー株式会社へ転身!
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