「便利にすることは空虚か」という自問自答

びっくりするくらい結論の出なさそうな話なのですが、私たちはこのまま世の中を便利にしていって良いんでしょうか。

Amazon で注文した商品はその日のうちに届いたり、Dropbox に突っ込んでおいたファイルはどこからでもアクセスできたりします。

技術の進歩は著しく、私たちの生活は年々、とんでもない勢いで便利になっています。

でも、みんなとんでもない勢いでハッピーになったかと聞かれたら、そうでもありません。

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デジタルに関わる仕事は、世の中を便利にするという側面を持っていることが比較的多いと思います。

その分、「毎日すごく便利になったけど、すごくハッピーになった訳じゃない」という事実をヘビーに感じてしまう人もいると思います。(あまり多くはないかもしれませんが)

私はこのことについて考えていたら、「もしかして、俺の仕事ってあんまり意味ないのでは?」と思ったことがあります。

 

この疑問について、改めて自問自答してみました。

 

便利だけどそんなに豊かではない

「すっごく便利になったけど、すっごくハッピーになった訳じゃない」というのは何故なのか、思いついたことを書いてみます。

 

便利が当たり前になるから、何も感じなくなる

まず、「便利になった瞬間は感動するものの、人はすぐそれに慣れてしまう」というのがありそうです。

ネットで注文した商品が翌日に届いたら、私たちは大なり小なり感動するかもしれません。

ですが、Google の検索ボタンを押すたびに「無料でこんなにたくさんの情報が手に入るなんて、最高な世の中!」と感動する人は多分あまりいません。

驚異的なくらいに便利なこの仕組みに、多くの人が慣れたからだと思います。

 

 

便利にするだけじゃ、十分じゃない

次に、便利であることは物事の一つの側面でしかないということもあります。

それまで不便に感じていたことがあったのであれば、それを解決することで日々が豊かになることはありそうです。

しかし当然ですが、不便だけが全ての課題ではありません。

考えてみれば、私たちはいつも大小たくさんの課題に囲まれています。

 

家に帰ったら、楽しみにしていたカレーを弟が全部食べていたとか、

どうしても苦手な人がいるとか、

絶望的にモテないとか、

日々、課題だらけです。

 

Amazon や Dropbox やその他素晴らしいサービスがどんなに進化しても、

弟はカレーを食べるでしょうし、

苦手な人は苦手なままでしょうし、

私は相変わらずモテないでしょう。

 

考えてみれば当たり前ですが、このように、日々が便利になるだけでは解決しない課題もあります。

「便利にはなったけど、ハッピーにはなっていないのは何故か」という私の問いが愚問だったような気がしてきました。

 

しかも、便利になる前もみんなそんなに困っていなかった

さらに追い打ちをかけるようですが、「便利になる前にみんなが困っていたか」と言われたら、割とそうでもなさそうな気もします。

 

24時間営業のコンビニがどこにでもあることが当たり前になったから、そうじゃない環境に行った時に「えー。無理ー」となる訳で、元々は何も感じていなかったはずです。

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多分ですが、「みんな不満に思っていたから24時間営業のコンビニができた」というより、「作ったらみんな使ったから普及した」というのが実際のところだと思います。

コンビニができる前に、「あー。24時間営業の気軽に入れる手頃なサイズ感の店がたくさんあったらいいのになー」と思っていた訳じゃない、ということです。

だから当然、そこに不満があった訳ではない。おそらく。

 

私たちは「今日注文して、明日届くの!? 早い!!」などとテンションが上がったりする状況も、10年くらい先の人から見たら、「えー、当日届かないのー。無理ー」などと言われてしまうかもしれません。

 

全部が全部そうではないと思いますが、「便利になる前もみんなそんなに困っていなかった」というのはある程度の真実を含みそうです。

 

じゃあ、便利にしなくていいのか

考えれば考えるほど、別に便利じゃなくてもいいような気がしてきました。

なんということでしょう。

「生活を便利にする」というのは空虚な活動なのでしょうか。

 

というのを改めて考えてみたのですが、誰かの時間を増やしたり負担を減らしたりすること自体は、やっぱり価値あることなんじゃないかと思います。

つまり、空虚ではない。

 

Amazon で買った飢餓についての本の影響でアフリカに行った人が、1日早く行動できたおかげで救える命があるかもしれないし、

Dropbox のファイル共有で高速化したプロジェクトが、数日早く自然破壊を食い止めるかもしれません。

このようなこと一つ一つは起こる確率が低くても、Amazon や Dropbox はとんでもない数の人に影響を与えます。

だから、このような貢献が起こっている可能性もゼロと言えるほど小さくはないでしょうし、もっと日常的な貢献は直接的にたくさんあります。

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そういったことを考えると、みんなが継続的にハッピーになってないからといって、これを空虚だと言うのは無理がある気がしてきました。

少なくとも、「ユーザビリティ改善より、貧困撲滅運動の方が偉い」みたいなことは言えないんじゃないかと思います。

そこで意味のある比較はできないし、自分や誰かの仕事を空虚だと結論付けてしまうのは、考えてみたら、すごく寂しいことのように感じました。

 

「便利にすることは空虚か」みたいな抽象的な問いの答えは、どうしても主観的になってしまうと思います。

その主観的な答えによっては、「自分の仕事に意味がない」という考えを頭に残し、言動に迷いを滲ませてしまいます。

迷いの滲んだ言動は、本当に仕事を価値のないものにしてしまうかもしれません。

 

どうせ主観的なものであれば、前向きに捉えて、自分の仕事を実際に価値あるものにしていけたら良いなと思いました。

(なんか偉そうなこと書いてしまった。モテたい)

 

 

Illustration : Jung Bin Cho

 

〈著者プロフィール〉profile戸田
戸田 大介(とだ・だいすけ)
電通アイソバー株式会社(http://www.dentsuisobar.com/)コンサルタント。データ設計・分析の仕事を中心としながら、アプリの企画や設計なども担当。個人でもアプリ開発を行っており、宣伝費ゼロで App Store カテゴリ1位を記録している。 TOEIC900点の英語力を強みの一つとして入社するものの、同期入社社員中ダントツで最低の英語力であることに気づき、「自分にはアプリがある」と入社以来ますますアプリへの情熱を強めている。