服部 恭之のキャリア ① (株)コネクティ 代表取締役社長

服部 恭之

(株)コネクティ

代表取締役社長

2017.04.21


服部 恭之のキャリア ① (株)コネクティ 代表取締役社長

 

よりふさわしい働き方や仕事を求めて生活している私たち。振り返れば歩いてきたキャリアの道ができている…。単なる実績や経験だけを指すのではなく、“キャリア” に込めた意味は大きい。その人が仕事をとおして身に着けてきた価値観や理想、人間性と言えるものにまで磨きぬかれた過程がすべて、その人の “キャリア” として光り輝いていく。今回からスタートする新企画は 「キャリアを磨くことで、人生の選択肢は拡がる」 ことを、今を魅力的に生きるビジネスパーソンの姿をとおしてお伝えするものです。記念すべき第一回目の登場は、(株)コネクティの代表取締役社長の服部 恭之さんです。『デジキャリ』 編集長の箱石との出会いは、実に10年以上前にさかのぼります。

 

 

ソニーの「名物採用担当」 と呼ばれた男、経営者発掘コンテスト優勝で起業家となり12年

 

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  (株)コネクティ 代表取締役社長 服部 恭之さん

 

箱石) 服部さん、お久しぶりです。コネクティさんももう10周年を過ぎているとは早いものです。起業当初と現在の事業内容は変わりませんか?

 

服部) やっぱり時代の変化、市場のニーズに即して変遷を遂げていますよ。現在は2本柱で事業を行っており、一つはWebサイトの運用管理を担うソフトウェアであるCMS(コンテンツマネジメントシステム)の自社開発と運用で、CMSは導入のしやすさを考えて汎用性の高いクラウドサービスを自社開発しており、一般サイトの管理以外にも、お客様の課題やニーズに即してECサイトやコミュニティサイトなどへの利用も進んでいます。もう一つがWebサイトの制作と運用ですね。こちらの方はカスタムメイド方式で、お客様ごとに個別に戦略を立てて実行するスタイルです。いずれもデジタルマーケティングの根幹部分を担当しています。

 

箱石) そうなんですね。現在会社の状況はいかがですか?

 

服部) 今はアークヒルズにオフィスを構え、社員もおよそ50名ほどになりました。社員のバックグラウンドはCMSのエンジニアが半分、あとの半分がWebディレクターやコーダーといったところです。

 

箱石) ええっ、アークヒルズとはびっくり!本当にこの10年で着実な成長を果たされていることに感激です…。服部さんと言えば、ソニーに現役で勤めながらビジネスプランコンテストで優勝なさったことでベンチャーを立ち上げた逸話が有名。まずなんでソニーを辞めてまで起業したのかお聞かせください。噂ではソニーでも有名な “お祭り男” だったとか(笑)

 

服部) うーん、どうでしょう(笑)。ざっとした経歴を言うと、新卒でソニーに入り人事部へ。その後企業向けカメラやレコーディングシステムを扱うプロフェッショナル部門の商品企画部へ社内転職をしました。そこでは新規事業開発に取り組んでいたのですが、あるとき現在の親会社でもあるワークスアプリケーションさんが新規事業を創出する、経営者募集を行っていました。仕事であちこち、新規事業の立ち上げを目にする機会があったのですが 「これは面白そうだな」 と思って応募した、という感じです。約350名程が応募して、一年がかりで審査をしていくコンテストで優勝しました。

 

 

劣等感をバネに燃える闘志でチャレンジし続ける!自分で自分に光を当て続けた人

 

箱石) あまりにも淡々とおっしゃるけれど、精鋭のなかで1年間も審査が続くのはハイ・プレッシャーです。服部さんってやっぱり、選ばれしエリートで挫折などなかったんでしょうね。

 

服部) 何言ってるんですか!全然違いますよ。そもそもソニーに入社して即挫折です。見渡せば2~3か国語ペラペラの人ばかり、とにかくみんな優秀な同期のなかで落ちこぼれ感にさいなまれましたよ。この人たちとまともに勝負して勝てるわけがない、と早々に悟って結果として 「人がやらないことをやるしかない!」 と、自分の進むべき道を見出した感じ。仕事以上のことをやらないとパフォーマンスが出せないと思って、強迫観念からとにかく新しいことをどんどんやっていったわけです。人事部でも学生のコミュニティサイトをつくりましたが、当時人事でネットなんかやっている人はいませんでしたから。その後のB to B の事業部に移ったのだって、やっぱり落ちこぼれ発想です。その部署にはあまり若手がいなかったので、そこへ行って頑張れば、責任のある仕事に早く就けて力をつけられるのではないかと(笑)。

 

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  「いつも劣等感をドライブにして誰もやらないことをやってきた」

 

箱石) えー、驚きですね!光の当たる道ばかり歩いてきたと思っていた服部さんが、まさかの “落ちこぼれ発想” とは。でもその劣等感が服部さんの、以降語り草ともなった実績を幾つも実現させたわけで。

 

服部) オーバーな(笑)。僕、学生時代バンドをやっていたので武道館ってやはり憧れがあったんですよ。「いつか武道館のステージに立ちたい…」 という理由だけで学生を武道館に1万人集めて採用イベントをやりました。大手企業の協賛をつけたりしてまあまあ話題になりました。それに何より、武道館のステージに立てたんですねぇ。当時の上司が、若手がやりたいと言ったことはどんどんやらせてくれる人でした。同じ理由でZepp東京を貸し切って夜間に入社式をやりました。これにはさすがにみんな首をかしげてましたよ(笑)。そりゃそうですよね、夜に入社式やるなんて聞いたことがないし、挙句に本社からも遠い!それなので、ワークショップや見本市といった企画性を持たせて話題づくりをしたところ、「なんだ、面白そうだな」 と言って役員の方々もぞろぞろ集まって頂けたという。

 

箱石) そういう若手のチャレンジを歓迎する社風がソニーさんにはあったんですね。そのおかげもあって服部さんの個性が輝きだした。そんな自他ともに認める “ソニーっ子” の服部さんが、コンテスト優勝という栄誉をもって起業します。その後のご活躍については冒頭のとおりですね。

 

では起業後10年に渡るお話と、もう一つ服部さんを語る上で欠くことのできない 「音楽」 活動について次回はお聞きしていきます。

 

服部 恭之のキャリア ① (株)コネクティ 代表取締役社長

服部 恭之のキャリア ② (株)コネクティ 代表取締役社長

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